アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)

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アドラー

アフレッド・アドラー(Alfred Adler 1870〜1937)個人心理学(アドラー心理学)の創始者。オーストリア出身の精神科医、心理学者。フロイト、ユングと並ぶ世界三大心理学者のひとり。フロイトと協調していたが意見の相違から袂をわかつ。1911年、自由精神分析協会を設立(後の個人心理学会)。児童相談所を設立するなど教育の分野にも大きな影響を与えた。享年67歳。著書:『個人心理学講義 生きることの科学』(一光社 )『人生の意味の心理学』( 春秋社 )『子どものライフスタイル』(アルテ)ほか。

アドラーはフロイトの弟子ではない。

100年以上の時を越え、現在、我が国で最も注目されているのが「アドラー心理学」(個人心理学)ですね。そのきっかけとなったのは、『嫌われる勇気』(岸見一郎古賀史健 ダイヤモンド社)です。200万部を突破している大ベストセラーです。多くの人々が、アドラー心理学にふれることになりました。

そのアドラーは、ユングとならんで「フロイトの弟子」と呼ばれることがあります。でも、当の本人は、そう呼ばれることを好ましく思っていませんでした。アドラーは、『自分はフロイトの共同研究者であり「対等な関係」にあった』と言っています。

なぜなのでしょう…?

アドラーは「共同体感覚」という持論を展開した心理学者です。「人間は全ての人と対等な関係にある」と強調していました。フロイトが「師」でアドラーが「弟子」だとすると、上下関係が発生しますね。つまり「フロイトの弟子」と呼ばれると、自分の大切にしている考えと矛盾することなります。「弟子」という言葉は、彼の思想の根幹に傷をつけるものだったのでしょう。

アドラーは、フロイトと同じオーストリアに生を受けています。幼い頃、父親との関係は良かったものの、母親との関係はそれほどよくなかったと伝えられています。

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まっつん

幼い子どもが同性の親に抱く感情的葛藤を「エディプス・コンプレックス」といいます。これはフロイトが考え出した理論です。子どもが成長していく過程で、男の子は父親に、女の子は母親に対して、時に殺意すら抱くといいいます。

でも、アドラーの実体験は逆だったのです。
フロイトの理論どおりではありませんでした。

アドラーは近代精神分析の発祥の地といえるオーストリアに生まれ、そして、フロイトと共に精神分析学の発展に力を注いできました。

でも、「エディプス・コンプレックス」など、フロイトの理論は自身の実体験と矛盾していたので、フロイトに賛同できなくなっていきます。結果、ユングと同じようにフロイトとは袂を分かつことになります。そしてアドラーは、独自の道を進んでいくのです。

「原因論」ではなく「目的論」。

アドラーは、自身の理論を「個人心理学(individual psychology)」と名付けました。彼が創始者ですので、個人心理学とアドラー心理学はイコールです。

個人心理学=アドラー心理学

「個人」は英語で「individual」です。「in」は否定の接頭辞です。「dividual」は「分割できる、分割された」ですので、「individual」とは「分割できない、分割されていないもの」を意味します。

つまり、個人とは分割することのできない「人間の最小単位」。

アドラーが「個人心理学」と名付けたのは、ひとりの人間を「肉体と精神」「意識と無意識」というように分割して考えるのではなく、ひとつのまとまり(総体)としてとらえることを重視したからです。ここにアドラー心理学のオリジナリティがあります。

フロイトは、心を「意識と無意識」に分けて考えますね。

そして、心の病の原因は「無意識」にあると考えました。過去の出来事が心の傷となる「トラウマ」はその代表例です。無意識でうずいている原因「トラウマ」を取り除けば「心の病」は治るんだ、と考えたのがフロイトです。原因と結果を結びつけて考える「因果論」に基づく発想です。

病の原因が心のどこにあると仮定する。これを「原因論」といいます。

そして、患者に催眠をかけたり夢分析をしたりして、病の原因を癒すのが「原因論」に基づく治療法です。これは現在でも通用する心理療法の考え方です。

では、アドラーは何を問題視したのでしょう?

アドラーは「原因論」は「決定論」になるといって異議を唱えました。

無意識の存在を前提として「原因論」の立場をとると、病は過去の出来事が原因になります。原因論では、今から過去にさかのぼり、話を聴いていきます。ですので、過去に重心を置く傾向があります。未来は変えることはできますが、過去を変えることはできません。過去は決定した事実です。

決定している過去の原因にとらわれる考え方は、人間の可能性を狭めてしまう。過去を問題視すればするほど、人は過去の呪縛から逃れなくなる。

そう、アドラーは考えたのです。

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まっつん

うまくいかないことが発生すると、自分を守るために、時に人は過去に原因を求めます。「私は小さい頃、貧乏だったから」「親がいつも喧嘩がばかりしていたから」「もっといい学校に行っていれば…」「私って、トラウマがあるから…」。そんな風に、過去をわざわざ持ち出してきて、今の自分を決定してしまうのです。これがよくないのですね。

アドラーは、「原因論」を否定し、「目的論」を提唱したのです。

アドラーの「目的論」

例えば、30代Aさん(女性)。「貧乏だった昔がいけない」「貧乏にした親が悪い」と、今の人生がうまくいかない原因を過去に求めて、強い不安感に悩んでいたとします。

周囲の人に話を聞くと、仕事をふられるといろいろと理由をつけて、逃げてばかりいます。「生い立ちが不幸だったから、今、ちょっと病んでるの」。みんなの前で口にすることすらあります。Aさんは、不幸自慢をよくする人で職場で煙たがられています。仕事に対して積極性がなく「成長しよう」という向上心が見られません。

アドラーが健在だったら、こう言うでしょう。

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アドラー

「あなたの人生がうまくいかないのは、過去の貧乏が原因ではありません。汗水流して働くことから逃げることが目的で、不安感を自ら作り出しているのです。つまり、自分で不幸になっているのです。楽して生きたいがために、不安感を盾にして人生の課題に直面することから逃げています。結局、自分がそう決めているのですよ」

人の行動には、何らかの目的がある。これが「目的論」です。

Aさんにとっての目的とは、仕事の苦労から逃げることです。その目的を果たすために、不安感という心の症状を、自分がつくりだしている…、「目的論」では、そう考えることになります。

なんだか、ちょっと厳しいですね…。

アドラー心理学は、決して優しくありません。むしろ厳しい心理学す。でも、ただ厳しいだけでは人は耳を傾けてくれませんよね。そこに希望があるからこそ、人をアドラーの考えを聞こうとします。

では、希望はどこにあるのでしょう?

アドラー心理学の希望は「自己決定性」にある。

希望は「自己決定性」です。

人は分割できない存在だとアドラーは考えました。「意識と無意識」「精神と肉体」という風に分割されないのが、人でした。であるならば、自分という全体をつくっているのは自分であり、全てを自分の意思で決めることが可能だということです。

自分で自分を決めているならば、自分を「決め直す」こと、「生き直す」ことは、いつでも可能です。
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まっつん

「過去の自分はこうだったから、今、こうだ」と決めることもできるけれど、「過去の自分はこうだったけど、今日から自分はこう生きる!」って、自己決定することもできますよね。過去の自分より、今これから、未来の‘あなた’が大切です!

この「自己決定性」に希望を見い出すのがアドラー心理学です。この「自己決定性」によって、人間を120%肯定していくのがアドラーという人なのです。

そして、この人間をとらえる肯定的な態度が、アドラー心理学の真髄である「共同体感覚」へとつながっていくのです。

「共同体感覚」と「利他の精神」

アドラーは、人が幸せであるためには「共同体感覚」を持つことが重要だと考えました。

「共同体感覚」
「共同体感覚」とは、この世界に生きる人たちは自分と対等の仲間だと考え、その仲間に貢献しながら生きることを健全とする感覚。

アドラーは、こう書いています。

「真に人生の課題に直面し、それを克服できる唯一の人は、その〔優越性の〕追求において、他のすべての人を豊かにするという傾向を見せる人、他の人も利するような仕方で前進する人である」
(『人生の意味の心理学』訳 岸見一郎 アルテ)

他者への貢献意欲に乏しい人は、自己中心的な人です。自己中心的な人は、仲間への信頼感が低く、他人を敵と見なしがちです。すると、人間関係の輪に入っていくことができなくなり、孤立するようになります。

名経営者と呼ばれる松下幸之助さんや稲盛和夫さんは、「利他の精神」の重要性を説き続けました。

「世のため人のために生きることが、正しい生き方だ」と…。

それは経営論である同時に人生論でもありますね。100年以上前に生きた心理学者と私たちが尊敬する名経営者は同じことを言っています。

アドラー心理学は「100年先を行っていた」と言われることがあります。

ほぼ100年後の今、アドラーの教えが多くの人の心をとらえるのは、「利他の精神」や「共同体感覚」無くしてこの時代は生きていけないと、いや、そうすることが「人の幸せになる生き方だ」と、意識的、無意識的に、気づいているからなのでしょう。

アドラー心理学を学ぶことは、幸せな生き方を学ぶことにもなります。

(文:まっつん)