「死にたい」を乗り越える-フランクル心理学005-

フランクル心理学 「死にたい」を乗り越える 発見的楽観主義

絶望を乗り越えるための心理学

心理学者フランクルがナチスの強制収容所の体験を書いた『夜と霧』(英題『Man’s Search For Meaning』)は、世界的ベストセラーとなり、今も読み継がれています。『夜と霧』は1946年に出版されました。かれこれ70年以上も世界中の人たちに読まれ、元気を失った人たちに「生きる力」を与えてきました。

『夜と霧』(みすず書房)
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現在の日本で『夜と霧』の存在を知っている人は決して多いとは言えません。大型書店は別として、本屋に行くと心理学書のコーナーに一冊、置かれていればいいほうです。

その『夜と霧』が、どの本屋に行ってもうずたかく並べられた時がありました。多くの日本人が、フランクルの教えに耳を傾けた時期があったのです。

覚えていますでしょうか?

2011年3月11日、東日本大震災が発生した後のことです。

2011年5月 宮城県 女川にて撮影

「3・11」が発生し、東北を中心に多くの地域が壊滅的な打撃を受けました。福島の原発も予断を許さない状況となり、日本全体が危機的状況に陥りました。死者・行方不者の数は1万8千人以上。数多くの人が絶望の淵に突き落とされたのです。あの日から時が流れたものの、今も深い悲しみから立ち直れない人が多くいます。

フランクルが経験したナチスの強制収容所と東日本大震災の現場を単純に比較することはできません。ただ、自分の意志とは無関係に無理矢理「絶望的状況に立たされた」という点では共通しています。

強制収容所では、「こんなに辛いなら生きている意味がない、死んだほうがましだ」と、誰もが考えていました。東日本大震災では、多くの人が愛する家族(親や妻や子)を失いました。「生きる意味」「生きがい」を一瞬で奪われ、「もう、生きていくことができない」「死にたい」と考えた人の数は、どれほど多かったことでしょう。

フランクルは強制収容所で、「死んだほうがましだ」「死にたい」と思わざるをえない状況にいながら、自分だけでなく仲間も励まし、共に生き延びました。決して希望を見失いませんでした。それができたのも、フランクルは、自身が打ち立てた心理学(ロゴ・セラピー)をその時その場で使っていたからです。

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フランクル

決して忘れてはならないのは、希望のない状況にたとえその犠牲者として向き合おうが、また変えようなのない運命に直面しようが、そんな人生の中にも、人は意味を見出す、ということである。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)p54

フランクル心理学は「絶望に効く心理学」「逆境の心理学」とも呼ばれます。

ですので、東日本大震災という希望のうすい状況をなんとか乗り越えようとして、多くの日本人が『夜と霧』を買い求めたのは、自然なことだったのでしょう。

またその事実は、フランクルの提唱した「意味への意志」(Will to meaning)が働いたことの証明にもなりました。「意味への意志」とは、「生きる意味」を求める人間の根源的な心の働きのことです。

絶望を感じる状況になればなるほど、「今のこの状況にどんな意味があるのだ」と人は自分の置かれた状況の意味を問いたくなるものです。意味を求めるのです。そしてもし、「それでもなお生きる意味はある」と納得できたら、「死にたい」と思う絶望的状況を、人は乗り越えていくことができます。

フランクル心理学は、絶望を乗り越えていくための心理学といえます。


成功しても人は絶望する。

自然災害で突然、愛する家族を失い、なんとも言えない「むなしさ」にとらわれ「死にたい」と考える。これは急性型の空虚感です。その「むなしさ」は消そうと思っても、なかなか消えるものではありません。

一方で、急性型に対して慢性型の空虚感もあります。理由がよくわからないのに、とにかく、むなしてく、むなしくて「死にたい」と考えてしまうケースです。

慢性型の場合、人がうらやむほどの恵まれた環境にありながらも、「生きる意味」を見い出せず「死にたい」と絶望する人もいるのが特徴です。

生きる意味に苦悩する大学生

フランクルは22歳のある大学生から手紙を受け取りました。

「ぼくは学位をもち、ぜいたくな車を所有し、金銭的にも独立しており、またぼくの力に余るほどのセックスや信望も思いのままです。ぼくにわからないのはただ、すべてのものがどのような意味をもつべきかということだけです」

『生きがい喪失の悩み』(V・E・フランクル[著] 中村友太郎[訳] 講談社)p52

フランクルが現役の医師だった当時、生きる意味の喪失感、空虚感から自ら命を断つ大学生がとても多かったのです。

大学生になれるということは、少なくとも、学費を払える恵まれた家庭環境にいることです。決して借金や不治の病で苦しんでいたわけではありません。まして、手紙を書いてきた大学生の文面を読むと、学歴はよく、お金もあり、女性に好かれ、人望まであります。どうしてこれほど恵まれていながら、「生きる意味」について悩むのか、とても不思議です。

でも、フランクルが言うように、「意味への意志」(Will to meaning)が、人間の根源的な心の働きであるならば、大学生の苦悩も納得できます。私たちが考える社会的な成功では、「生きる意味」を満たしえないことがあるのです。

「生きがい」を求めて、「生きる意味」を求めて、必死に努力して、がんばってがんばって、求めていたものを手にいれたけれど、待っていたのは苦悩であり絶望だった。

絶望する大学生のイメージ画像

それはまるで、「生きる意味」と「成功」という2つのコップはまったく別であり、成功のコップに水をどれだけ入れても、「生きる意味」のコップは決して満たされないようなものです。

生きる意味が満たされなければ、人はむなしさで苦しむことがあるのです。それは時に、「死にたい」という感情へと発展していくことがあります。

「成功のコップ」と「生きる意味のコップ」のイラスト

そこでフランクルは、むなしさを生み出す「成功と失敗」の2軸でとらえる考え方を、ホモ・サピエンス型の人生観であると定義しました。「ホモ」が人間を、「サピエンス」は「知恵」を意味しますので、ホモ・サピエンスとは、「知恵をもった賢い存在」ということです。

「成功と失敗」から「絶望と意味」の軸へ

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)の表紙画像
『〈生きる意味〉を求めて』
(V・E・フランクル 春秋社)
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これに対してフランクルは、「ホモ・パティエンス」を提唱しました。「パティエンス」とは、「苦悩に耐える」という意味ですので、「ホモ・パティエンス」とは「苦悩する人」ということです。フランクルはこう言っています。

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フランクル

苦悩する人は、苦しむ術(すべ)を知る人、自分の苦しみからさえも、人間的な偉業を創りあげる手立てを知っている人である。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)p59

下の図の通り、ホモ・パティエンスは「成功と失敗」の横軸を移動します。成功すればOKだけど、失敗していたら「自分はダメな存在だ」と否定することになってしまいます。「成功と失敗」の横軸の価値観だけだと、失敗の恐れに駆り立てられて、成功を追い求めて、いつまでもいつまでも走り続けなければなりません。

フランクルに手紙を書いた大学生は、成功しながら絶望しているエリアにポジショニングすることができます。

「成功の法則」に関する本をたくさん買って、「成功の法則」に関するセミナーに次から次へと参加して、でも実りが少なく、「こんなんじゃダメだ、もっと成功しないと」と、自分を否定して、まったく人生に満足できていない場合は、下の図の水平軸(成功と失敗)を行ったり来たりしているだけです。

意味と絶望・失敗と成功のポジショニングマップの図

これに対して、「ホモ・パティエンス」は、「意味と絶望」の縦軸を往復します。人生、山あり谷ありです。どんな人にも絶望を感じるような出来事は起きてきます。「死にたい」と思うことは、決して、珍しいことではありません。

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まっつん

「死にたい」と思う絶望的状況を否定するのではなく、どんな辛い時にも「生きる意味」はあると考えれば、「絶望」は不幸への片道切符とはならず、充実感をもって生きられる往復切符となるのです。

フランクルは、「苦悩は人間の業績である」とし、次のように言っています。

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フランクル

ここで一番大切なことは、ユニークな人間の可能性の最高の形を見つめ、その証人になることであり、悲劇をその人にとっての偉大な勝利に変えることであり、苦境を人間的な偉業に変えていくことである。

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)p54

フランクルはナチスの強制収容所という悲劇に投げ込まれ、苦境のど真ん中にいました。まさに苦境を人間的な偉業に変えた「生き証人」です。

強制収容所では発疹チフスという死の病に冒(おか)されながら、自分の考えた心理学をいつか本にするという使命感を持ち原稿を書き続けました。そのお陰で「死の病」も克服できたといいます。そして、収容所で書いた原稿は、戦争が終わり解放された後、出版されて世界中の人々が読むことになったのです。

フランクルはアメリカに亡命することもできました。でも、家族を見捨てることができず、国に残りました。そのため、収容所に入れられたのです。骨と皮だけになるような飢餓状態になり、監視官に殴られながら土木作業に取り組む日々です。家族は皆、強制収容所で亡くなりました。

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フランクルが解放時に収容されていたダッハウ強制収容所の正面玄関

それは、「成功と失敗」の横軸で考えたら、明らかに「失敗」といえるでしょう。でも、フランクルは、失敗であっても、そこに「生きる意味はあった」というのです。

フランクルは、苦しくて死にたい現実にあっても、その場で「生きる意味」をとらえ直すことで、「死にたい」という状況を乗り越えていきました。

囚人フランクの手紙

先ほどの図に囚人とありましたが、これは、アメリカの州立刑務所にいた囚人ナンバー020640「フランク・E」のことです。罪を犯し刑務所入れられたのですから、その時点では、囚人フランクの人生は失敗であったといえるでしょう。

でも、囚人フランクは、刑務所でフランクル心理学にふれることができたました。仲間と本を読み、講演のテープを聞きました。「どんな人にも、どんな時にも人生には意味がある」。きっと、そのメッセージを受け取ったのでしょう。

意味と絶望・失敗と成功のポジショニングマップの図(再出発の地)

囚人フランクの仲間たちは、フランクルの考え方を知り涙を流しました。そして、フランクは絶望の中から「生きる意味」を見つけ出し、希望を感じることができたのです。彼はフランクルに、こんな手紙を書いています。

「私は、こんな刑務所の中にいるにもかかわらず、私の存在の本当の意味を見つけました。生きる目的を見つけたのです。だから、ここを出た今度こそ、よりよい生き方をするチャンスや、もっといろんなことをするチャンスはすぐそこにきているように思えるのです」

『〈生きる意味〉を求めて』(V・E・フランクル[著]、諸富祥彦 [監訳] 上嶋洋一 松岡世利子[訳] 春秋社)p60

囚人フランクは、横軸の「成功と失敗」から、縦軸の「絶望と意味」の価値観をも手にして、自分のいるポジションを変えることに成功しました。そのエリアは、失敗しながらも「生きる意味」を感じていられる、たくましいメンタリティーをもった人たちが生きる場所です。

その場所は「再出発の地」ともいえ、そこから人は、意味があり成功したといえる地へと旅立っていくことができるのです。


生きる意味があるかないかと、悩まなくていい。

フランクル心理学(ロゴセラピー)が世界で広まった現在となってみれば、彼が心理療法で接した人の数は、ほんのわずかと言えます。

フランクルは、様々な媒体(書籍や講演)を通して、自身の考えを伝えることで、世界中の人々の心を癒すことに成功したのです。フロイトやユングの考えはとても偉大ですが、その原書を読んで、一般の人が元気づけられるかというと、ちょっと疑問が残ります。

でも、フランクルの本を読んで勇気づけられた人は、世界中にいるのです。その事実から、フランクル心理学は「読書療法」に適していると言われます。

「死にたい」と思っていた人が、フランクルの本を読み、「もう少し生きてみよう」と思ったら、心理療法として効果があったということです。フランクルの本には、人に希望を与える作用が確かにあるのです。

『夜と霧』(みすず書房)
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でなければ、『夜と霧』に代表されるフランクルの著作は、とっくのとうに絶版となり、誰の目にもふれられない本になっていたことでしょう。彼の本が今もまだ世界中で出版され続けている事実が、フランクル心理学の効能を証明しているといえます。

フランクル心理学には、多様な考え方があります。心に作用する考え方として代表的なものに、価値観のコペルニクス的転回を起こすものがあります。

「コペルニクス的転回」とは、コペルニクスが提唱した「地動説」(太陽を中心にして地球が太陽の周りを回っている)によって、それまで信じられていた「天動説」(地球を中心にして他の天体が地球の周りを回っている)がひっくり返ったように、物事の見方が180度、変わることです。

それでは、ここから、コペルニクス的転回を起こす、フランクル心理学の人生に対する見方について書いていきます。

人生観が180度変わる考え方

私たちは絶望的な状況に突き落とされると、生きる気力を失います。もう死んでしまいたいとさえ考えます。それは「生きる意味」を見失った状態です。とても苦しく辛い状況です。

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まっつん

でも、「見失った」というのは、「あるもの」が見えなくなったということですね。例えば、野球で守備をしている選手が「ボールを見失った」といった時に、ボールが消えているわけではありません。それと同じように「生きる意味」はゼロになったわけではなく、どこかにあるのです。

どんな絶望的な状況でも「生きる意味」はあり、私たちに発見されるのを待っています。

悲観的に考えれば「生きる意味」は消えてなくなります。でも、生きる意味は必ずどこかにあると信じて生きることで、人強くなれるのです。「生きる意味は今、見えなくなっているけれど、あきらめず生きてゆけば、必ずまた見つけることができる」。そんな楽観的な姿勢をもった人生観をフランクルは次のように言いました。

発見的楽観主義(Heuristic Optimism)

発見的(Heuristic)とは、頭の中だけで論理的に答えを考え出す「机上の空論」ではなく、実際に、試行錯誤を繰り返し直観も使いながら答えを導くことです。

ここでいう試行錯誤とは「生きること」ですね。「生きていれば、必ず、また意味は発見できるよ」と楽観的に考えることが、発見的楽観主義です。

フランクルにとって「意味があること」は、前提条件です。どんな時にも「生きる意味はある」と考えます。

ですので、フランクルは、「死にたい」と悩み苦しんでいる時に、「こんな人生、生きていて意味があるのか」と問う必要はない、といいます。どれだけ問いかけても「生きる意味」の答えは返ってくることはなく、「むなしさ」は募(つの)るばかりになってしまいます。

では、どう考えろというのでしょうか?

フランクルは、私たちを諭します。

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フランクル

「ここで必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ何を期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである」

『夜と霧』(V・E・フランクル[著] 霜山徳爾[訳] みすず書房)p183

「生きる意味があるかないか」と問うことは、人間が、「人生に対して何かを期待すること」です。家族のことであったり、仕事のことであったり、お金のことであったり、恋愛のことであったり…絶望的な状況で、何かを期待することは、もちろん当然のことです。

でも、その考え方は、先ほどの図の水平軸の話しであって、それだけでは人の心は弱くなるのです。なぜなら、「死にたい」と思うほどの状況は、自分の力で変えられないことのほうが多いからであり、成功と言われる状況をすぐに実現することはとても難しいからです。すると、絶望から抜け出せない心の状態がずっと続くことになってしまいます。

人生に期待するのではなく、人は人生から期待されている存在の図

例えば、フランクルがナチスの強制収容所に入れられましたが、どれだけ解放してくれと頼んでも、それはすぐには叶わない願いです。絶望的な状況を受け入れつつ、その場で、人生が期待していることを、フランクルは行い、「生きる意味」を見出していったのです。

震災で最愛の人を失ったり、会社が倒産したり、リストラされてしまったりした場合、その状況を簡単に元に戻すことはできません。人生から期待できることはとても少なくなっている状況です。

大切なことは、「生きる意味」「生きがい」を実感し、「生きる力」をもう一度、取り戻すことですね。

「それでも生きる意味はある」と言えるようになるには、人生が自分に期待していることを見つけ出し、それを行うのです。そうすれば、自然と「生きる意味」が満ちてきます。人生は私たちに期待しつづけています。あきらめてしまうのは、人間のほうです。

ですので、こう言えます。

人間がどれだけ人生に絶望しても、決して人生は人間に絶望しない

東日本大震災で、数多くの人が家族や家や仕事を失いました。絶望の谷に突き落とされました。それは神戸でも熊本でも同じであり、その他、様々な自然災害の多い日本では、悲しい事実ですが、毎年必ずどこかで起きていることです。

自然災害だけなく、リストラや詐欺にあうなど、自分の意志とは無関係の大きな力によって人生を狂わされてしまうと、生きる気力を失い、世を恨んで自暴自棄になってしまう人もいます。

「もう、これからの人生に何も期待できない」と…。

でも、同じ苦しい状況にありながら、人生の再起を誓って、自分のお店や会社を建て直し、「亡くなった家族のぶんまで幸せになるのだ」と、心を新たにして力強く生きてゆく人たちがいるのも事実です。

悲劇や苦境を偉大な勝利に変えていった人たちが実際に存在している限り、人生に期待することが何もないように思える「死にたくなる」絶望的状況でも、人生が私たちに何かを期待していることは確かな事実です。もし、それが違うのならば、私たちは絶望から立ち直ることはできないことになってしまいます。

人生に絶望するのは、いつも人間のほうであって、人生は私たちに決して絶望しません。人生は私たちに期待し続けています。その期待されていることを、ひたすら、無我夢中で行っていけば、そこに生きる意味が輝き出します。

私たちは、どんな時にも「生きる意味」をもつ
人生から期待され続ける価値ある存在である。

フランクル心理学は、人間や人生の可能性、その価値を徹底的に肯定する考えに基づいています。その肯定的なメッセージを、私たちは意識的にも無意識的にも感じ取ることができます。ですので、死にたくなるような辛く苦しい時ほど、自分の体験と重ね合わせることで、フランクルの本から希望を見出すことができるのでしょう。

希望を感じている男性のイメージ画像

フランクル心理学は、あなたの人生を肯定する心理学です。「どんな時にも意味があるよ」と…。

そして、辛く苦しい時ほど、人生から何かを期待されているのだと理解できれば、「生きる力」がわいてきます。

人生は、どんな時でも意味があります。人生があなたに期待しているのです。あなたは、この世界で何かを行う、とても価値がある存在です。

自分をあきらめないでください。希望は必ずあるのです。

(文:まっつん)


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フランクル

ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl 1905〜1997)ロゴセラピーの創始者。オーストリア出身の精神科医、心理学者。世界三大心理学者(フロイト、ユング、アドラー)につぐ「第4の巨頭」。第2次世界大戦中のナチス強制収容所から生還する。その体験を記した『夜と霧』は世界的ベストラーとなる。「生きる意味」を探求するロゴセラピーという独自の心理学を確立し、世界に大きな影響を与えた。享年92歳。著書:『夜と霧』(みすず書房)『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)『意味による癒し』(春秋社)ほか。


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フランクルの画像 ヴィクトール・エミール・フランクル(Viktor Emil Frankl) 参考 フランクルの「生いたち」から、その人生心理カウンセラーまっつん(松山淳) 参考 『君が生きる意味』(ダイヤモンド社)紹介ページ心理カウンセラーまっつん(松山淳)