ユングの名言004-集合的無意識-

ユウングの名言004 集合的無意識

C.G.ユング

 集合的心を征服することから、はじめて、
 真の価値、財宝や無敵の武器や魔法の護身具といった、
 およそ神話が願わしいものとして
 考え出すかぎりのものが獲得される。

『自我と無意識』(C.G.ユング 松代洋一・渡辺学訳 第三文明社)P87

深層心理学では、心を「意識」と「無意識」にわけて考えます。

ユングは「無意識」のさらに深いところに「集合的無意識」(collective unconscious)があることを提唱しました。「集合的無意識」とは、個人を超えた人類に共通すると思われる「心の型」のことです。

集合的無意識からの夢

例えば、こんな夢を見たことがないでしょうか?

光に包まれた神様や天使が現れたり、宇宙空間をものすごいスピードで飛んでみたり、とてもリアルなUFOが街中に着陸したり…「個人ひとりの心」では、とてもつくり出せないと思えるような超越的な夢です。

夢のイメージ写真(ギリシャ神話 ポセイイドン)
夢のイメージ(ギリシャ神話 ポセイイドン)

スケールが壮大で、不可解で、でも映画を見てるようにリアル。目を覚まして思います。「いったいこの夢は誰がつくったんだ」と。

CG技術が急速に進歩した現代では、過去に見た映画やTVドラマの記憶が組み合わさって、その結果「夢」はできあがったんだと、そう説明することができます。例えば、「スターウォーズ」とか「アベンジャーズ」シリーズとか…。十分ありえることです。

ただ、今から約100年前のユングの時代に「ヨーダ」も「ダースベイダー」も「アイアンマン」も「キャプテン・アメリカ」もいません。それなのに患者の夢に、「神話」に書かれているような超越的なイメージが、たくさん出てきます。とても神話を知っているとは思えない人たちにです。

そこでユングは考えます。個人の心(意識と無意識)を超えた心の領域(集合的無意識)があって、そこから夢が来ているのだと、と。

でも、100年前も小説や絵画や彫像はありました。ですので、超越的な夢も「自分でつくりあげたもの」と考えることもできます。だからフロイトは認めなかったんですね。ユングはオカルトだと批判したのです。

集合的無意識の創造性

不可解な物語のイメージ写真
不可解な物語のイメージ

ユングとフロイトが違うのは、ユングが診ていたのが、不可思議な物語を(例えば、自分は神様だ、他の星からやってきた来た、など)えんえんと話し続ける患者たちだったことです。そして、そんな彼ら彼女らをユングは精神科医として全力で理解しようとしました。当時の医師たちが見放した「意味不明」な言動を説明できるように苦心したのです。

患者たちの意味不明な物語や動作は、「集合的無意識」を設定すれば説明がつきます。「神様の声が聞こえる」「私は金星から来た使者です」。そう言う患者は、「集合的無意識」に「意識」が飲み込まれてしまっている状態だと考えれば、理解の糸口がつかめます。

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まっつん

太陽について話すある患者は、神話に書かれてあることと同じことを言っていました。そこで、ユングは、「集合的無意識」のヒントになるであろう世界に散らばる「神話」を集めて、研究していたわけです。

こう書くと、「無意識は病の原因であって、フロイトと同じじゃないか」と思われてしまうのですが、違いは、ユングが「無意識の創造性」を強く主張した点にあります。

「集合的無意識」を含めた「無意識」と上手につきあっていくことで、人は、より創造的な人生を歩むことができるのだと、ユングは考えました。

その根拠は、ユングが行った「夢分析」を通した治療体験にあります。「夢」は、無意識から届けられるメッセージです。メッセージだと言い切れない意味不明なものも、もちろんたくさんあります。ですが、そこに含まれた意味をつかむことができれば、自分らしく生きるヒントやエネルギーをもらえるのです。

ユングはこう言っています。

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ユング

「無意識には、個人的な抑圧物とならんで、集合的な空想の衣まとった個性発展の萌芽も含まれている。個人的無意識を分析していると、集合的な素材が、同時に個性のさまざまな要素をともなって、意識へ導かれてくる」

『自我と無意識』(C.G.ユング 松代洋一・渡辺学訳 第三文明社)P68

個性発展の萌芽となるヒントは、「集合的無意識を含めた無意識」から届けられることがあります。それは、とても創造的な心の行いです。

無意識には個性発展の萌芽が含まれている

ギリシャ神話の英雄のイメージ写真(メデュウサを倒したペルテウス)
ギリシャ神話の英雄 イメージ
(メデュウサを倒したペルテウス)

冒頭のユングの言葉は、「神話の英雄」が成し得ることについて語ったものです。現代を生きる私たちにとって「集合的無意識」を征服しようとすることは、とても敵わない危険な行いです。

ただ、夢を理解すれば、そこから「個性発展」のヒントを手にすることができます。

あまりに「集合的無意識」に無抵抗、無自覚であると、自我肥大を起こすことがあります。すると周囲の人たちから「あいつは自分を神様とでも思ってるのか」と批判されるような自信過剰さ傲慢さを見せることがあります。その逆に、過剰に自分を矮小化して否定的になることも…。

そうなると、現実と折り合いがつかなくなり、「生きづらさ」を感じるようになってしまいます。

スピリチュアルにとらわれ過ぎない…。

あまりにスピリチュアルなことにとらわれて、現実生活がおぼつかなくなるのも「集合的無意識」からの何らかの影響が働いていると考えられます。

前世や守護霊やパワースポットのことが気になって、あるいはそれに頼り過ぎて、現実の仕事に身が入らず、それで失敗続きだとしたら、現実とのバランスをとるための何らかの心理的手立てが必要です。

そんな時は、ユングの言葉にあるように、自分の力で「集合的無意識」を征服するつもりぐらいの現実的で強い意志をもつことが大事です。

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まっつん

現実を生きる自分に目を向けることは、スピリティアリティ(霊性)を否定することでなく、むしろ尊重することになります。なぜなら、「集合的無意識」を持つのが人ならば、現実を生きる「自分という存在」そのものが、スピリティアリティ(霊性)に満ちた存在だからであり、つまり、自分を尊重することが、スピリチャリティを尊重することになるからです。

現実をしっかり見る。現実を生きる。現実を生きる自分を信じる。

そうした「気づき」を得て、自分を上手に変えていくことができたら、それが無意識の創造性であり、個性発展の芽を活かしたことになります。

意識と無意識のバランスを上手にとっていくことで、最初にこんな変化が起きるとユングは本に書いています。

その最初の兆候は「心境の変化」である。

『自我と無意識』(C.G.ユング 第三文明社)p74

辞めたほうがいいと思っていたけど、なかなか辞められなかったことを、ある日、「心境の変化」が起きて、ぱっとやめられることが人には起きます。反対に、それをやったほういいと思っていながら、ぐずぐずしてやれなかったことを、突然、「やり始める」なんて「心境の変化」もありますよね。

そんな、いい意味での「心境の変化」は、心のエネルギーのバランスがとれて、人生がうまく流れ出す予兆かもしれません。

無意識は、私たちにとって創造的な味方です。

(文:まっつん)

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