カール・ロジャーズ(Carl Rogers)【後編】

カール・ロジャーズ【後編】

来談者中心療法が誕生した日

 処女作『問題児の治療』も世に出て、ロジャーズの名前は広く世間に知られるようになっていきます。非常勤講師として母校のコロンビア大学でも教えていました。とても学生に人気のある先生だったそうです。

 噂を聞きつけたのか、オハイオ州立大学から「うちにこないか」と声がかかります。「非常勤講師」ではなく「教授」として迎えたいというオファーです。(当初は「助教授」でしたが、交渉して変更)。ロジャーズはこれにこたえて、1939年、37歳の時に、オハイオ州へ引っ越しすることになります。

オハイオ州立大学
(Mirror Lake from Thompson Library. Robert Chriss)

 そして翌1940年、ロジャーズのキャリア上、最も過激かつ有意義な出来事が起きるのです。

まっつん
まっつん

ロジャーズの「来談者中心療法」のエッセンスとして、悩みを抱えるクライエント(相談者)に「指示しない」という観点があります。「こうしたほうがいい、あ〜したほうがいい」とカウンセラーがアドバイスするのでなく、クライエントが自分で答えを見つけ出すように導くわけです。これを「非指示的カウンセリング」なんて言ったりします。

 当時のカウンセリングは、心理検査を行いアドバイスをする「指示的カウンセリング」が主流で、ロジャーズが大学で実践していた「非指示的カウンセリング」は、とても新しいものだったのです。

記念すべきミネソタ大学の講演。1940.12.11

 当時、「指示的カウンセリング」の大家にミネソタ大学のウィリアムソン教授がいました。「指示的カウンセリング」で学会でも社会からも認められている人です。

 このミネソタ大学でロジャーズは講演をすることになります。よりによってテーマは、「非指示的カウンセリング」です。主催者がそれを求めたので、仕方ないといえば仕方ないのですが…。

 「指示はダメ。非指示のほうがいい」。これがロジャーズの持論ですから、講演をしたら、当然、ウィリアムソン教授を批判することになります。これは敵地にでかけていって爆弾を落とすようなものです。ウィリアムソン教授は出席し、その弟子たちも講演を聞くわけです。

  ロジャーズがウィリアムソン教授のデータを事前の許可なく披露したこともあり、ウィリアムソン教授は激怒します。ところが、この講演の評価はとても高く軍配はロジャーズにあがったといえるのです。

 講演は1940年12月11日。ロジャーズは、この日を「来談者(クライアント)中心療法誕生の日」と、後に公言するようになります。

この出来事と結びつけて、ロジャーズはこう感想を述べています。

ロジャーズ
ロジャーズ

1940年12月、この自分の考えを論文にまとめてミネソタ大学で発表したところ、大きな反響を得ました。(〜中略〜)様々な批判の的となり、賛否両論の渦に巻き込まれた私は、どうしていいかわからず、さまざまな疑問や疑念を抱くようになりました。

それでもやはり何か貢献できることはないかと考え、『カウンセリングと心理療法』の原稿を書きました。この本で、私は、自分がより効果的だと考える心理療法のオリエンテーションを打ち立てたのです。

『ロジャーズが語る自己実現の道 (ロジャーズ主要著作集)』(岩崎学術出版社)p12

 「オリエンテーション」というと「新入社員説明会」みたいのものを思い浮かべてしまいますが、オリエンテーション(orientation)は、「方向性」「立場」「態度」といった意味もありますので、「心理療法のオリエンテーションを打ち立てた」とは、自分の学問的な「立場」あるいは「方向性」をはっきりさせたということでしょう。

 これまでの伝統では指示的が主流でしたが、これからは非指示的カウンセリングであり、私(ロジャーズ)は、「非指示的カウンセリング」の立場をとりますよ、ということですね。

「クライエント」はロジャーズが始まり。

 カウンセリングで相談に来る人のことを、カウンセラーは「クライエント(来談者)」と呼びます。クライエントは、法律用語で「自発的な依頼者」を意味します。今では、カウンセラーたちが当たり前に使う言葉ですが、ロジャーズ以前は「患者」と言っていました。それを「クライエント」と呼び始めて、広めたのがロジャーズなのです。

 そのきっかけになったのが、先ほどのロジャーズの感想コメントに出てきた『カウンセリングと心理療法』という本です。この本で「クライエント」という言葉を公に使い、多くのセラピストたちが使うようになったのです。

 他の学者が使っていたという説もありますが、ロジャーズが本に書くことで「クライエント」という専門用語が定番化したのですから、始まりはロジャーズだと言っていいでしょう。

 『カウンセリングと心理療法』では、非指示的アプローチの3段階について持論を述べています。

  1. 表現の解放。「ええ」「はい」といった「簡単な受容」やクライエントが語ったことの(内容にでなく)感情的な要素をくり返す「感情の反射」をおこなう。
  2. 洞察の達成。クライエントが自分自身を受け入れ、自分の感情や自分にかかわる事実をはっきりと認識できるようになると、ばらばらだった事実と感情とを結び付け始める。
  3. 洞察から生まれる肯定的な行動。クライエントが自分の感情や行動について洞察を得ると、そこから、意味のある行動の変化が生まれる。

 ここでも、「共感」「受容」に関することが述べてられています。ただ、「自己一致」はないですね。では、あの有名な「共感」「受容」「一致」を含む「必要にして十分条件」は、いつ、どこで述べられたのでしょうか?

 その答えについて、次から書いていきます。

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