カール・ロジャーズ(Carl Rogers)【後編】

カール・ロジャーズ【後編】

ロジャーズが書いた最も有名な論文。

 ロジャーズが「来談者中心療法の誕生日」と呼ぶ1940年から、時は流れに流れて、1957年のことです。それはロジャーズが、オハイオ州立大学で5年、シカゴ大学で12年勤め、そして、母校であるウィスコンシン大学に移ってきた年です。

現在のウィスコンシン大学
(Memorial Union and quadrangle.User vonbloompasha, owner of copyright)

 ロジャーズが執筆したものの中で最も有名な論文が発表されます。それが、「治療的人格変化の必要十分条件」です。

ロジャーズ選集―カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文〈上〉(誠新書房)
『ロジャーズ選集(上)』
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この論文は、上の『ロジャーズ選集(上)』に収められています。では、最も有名な論文の最も有名な箇所を引用いたします。

  1. 2人の人が心理的な接触をもっていること。
  2. 第1の人(クライエントと呼ぶことにする)は、不一致(inconguruence)の状態にあり、傷つきやすく、不安な状態にあること。
  3. 第2の人(セラピストと呼ぶことにする)は、その関係のなかで一致しており(conguruent)、統合している(integurated)。
  4. セラピストは、クライエントに対して、無条件の肯定的配慮(unconditional positive regard)を経験している。
  5. セラピストは、クライエントの内的照合枠(internal frame of reference)を共感的に理解(empathic understanding)しており、この経験をクライエントに伝えようと努めていること。
  6. セラピストの共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最低限クライエントに伝わっていること。

 これが、カウンセラーの資格試験にもよく出てきて、迷った時に立ち返るカウンセリングの原点ですね。あの「受容」「共感」「一致」の出どころは、これなのです。

 ちなみに引用文だと、③が「一致」(自己一致)、④が「受容」(無条件の肯定的配慮)、⑤が「共感」(共感的理解)ですね。

 そして、これに続けロジャーズは、こう言っているのです。

他のいかなる条件も必要ではない。この六つの条件が存在し、それが一定の期間継続するならば、それで十分である。建設的なパーソナリティ変化のプロセスがそこに起こってくるであろう。

『ロジャーズ選集(上)』(誠新書房)p267

 つまり、ロジャーズは、この「6つの条件だけでいい」と断言しているのです。ここがまた物議をかもしだすというか…過激というか…なんともロジャーズらしいところですね。実際、批判され、それは今も続いています。

まっつん
まっつん

 ただ、カウンセラーとして迷った時に、「カウンセリングの神様」の「断言」があるからこそ、立ち返るべき原点となって、救いになります。また、一般的に人の話をしっかり聴く時(傾聴)の態度として、この3条件「受容」「共感」「一致」が、シンプルがゆえに覚えやすいというメリットがあります。傾聴の大切さを伝える時に、やっぱり役に立つのです。

 さてさて、今回の記事のメインディッシュが終了しました。後は、「エンカウンター・グループ」と「トランスパーソナル」について、さらりとふれたいと思います。


エンカウンター・グループ。

エンカウンター・グループ イメージ写真
エンカウンター・グループ イメージ

 エンカウンター・グループとは、ロジャーズが開発したグループによる心理療法です。参加人数は10人前後で、椅子か床に座って輪になります。テーマは決められていないことが多く、参加者はその場で自由に本音を語り合います。

ファシリテーターと呼ばれる進行役がいます。いますが、 場を引っ張るリーダー的な存在ではなく、あくまで脇役として、参加者同士の話し合いを活性化させる役割を担います。

エンカウンターとは「出会い」という意味ですね。知らない人と出会い、その場で、自分のことを話すことで、心が癒されたり、人として成長したりすることができます。

エンカウンター・グループの開発はロジャーズの大きな功績のひとつです。

面談室(密室)を飛び出して社会へ。

このエンカウンター・グループを発展させていき、後期のロジャーズは、様々な社会問題に取り組むようになります。

宗教間で対立している人たちや紛争地域での「対話」(ダイアローグ)を試みていったのです。心理療法としてのエンカウンター・グループは10人前後の参加者ですが、そうした対話の場には、時に数千人が参加することもありました。

「対話」ワークショップ イメージ

南アフリカといえば黒人差別が続いた国として有名でしたが、1982年600人が参加し、黒人と白人の双方が参加し対話する600人の規模のワークショップを開催しています。

核戦争に対する提言を行ったこともあり、カウンセラーというより平和を求める「社会革命家」としての側面を強めていきます。

世界の平和が、ひとり人の心の平和となる。そう考えるなら、ロジャーズがたどった人生の道は、納得できるものがあります。


霊的体験とトランスパーソナル。

 ロジャーズはキリスト教の教えを厳格に守る「抑圧家族」で育ちました。牧師になろうとしましたが、宗教に懐疑的になり、牧師の道を断念しています。

 そんな過去があってか、ロジャーズは宗教に対して否定的でした。一緒に働いていた仲間も、ロジャーズに宗教の話しをすると不機嫌になるので、できなかったと言っています。

 ところが、晩年、失ったものを取り戻すかのように、ロジャーズはスピリチュアリティ(霊性)を大事にするようになります。

 これには、娘や近くにいる人たちからの影響が大きかったとされています。また、エンカウンター・グループを行っている時に、参加者が「ひとつ」になるような宇宙意識を何度も経験しことも背中を押したようです。

 また、妻ヘレンの死が迫っている時に、霊媒師と接触した経験もあります。死者の国が届けられる霊媒師の言葉は、きわめて説得力のあるものであり、疑うことができなったといいます。年老いて、自分の死を意識するということもあったのでしょう。

 いくつかの理由が重なり、晩年のロジャーズは、「トランスパーソナル心理学」の色を強めていくのです。

 1960年代に生まれ、ムーブメントになっていた「トランスパーソナル心理学」は、人間の超越的、神秘的体験を含めて「人の心」を考える学問です。

 人の「心の内側だけ」を見ようとするのでなく、人間を越えた空間(宇宙)や存在を視野に入れて「心」を考えていきます。

 ロジャーズは、晩年の著でこう書いています。

『人間尊重の心理学』
(監訳 畠瀬直子 創元社)
ロジャーズ
ロジャーズ

雪の結晶のような最も小さいものから星雲のような最も大きいものまで、あるいはアメーバのような最も下等なものから感受性と知性に富んだ人間という高等なものまでを含む、私達の宇宙を形成せしめている創造的志向性に触れていると確信できます。そして私達は自己を超越して行く能力、人類進化に於ける新しいより精神的方向へ向かう端緒に達していると思われます。

『人間尊重の心理学』(C・ロジャーズ 監訳 畠瀬直子 創元社)p127

 カウンセリングにおける「必要十分条件」と比べると、壮大な思想家としてのロジャーズを感じます。

 この論が発表されたのが1980年です。ロジャーズは1987年に85歳の生涯と閉じます。晩年の彼は、その思想が宇宙的広がりを見せていったのです。

 最後、「エンカウンター・グループ」と「トランスパーソナル」の観点は、ほんとにさらりとですが、ロジャーズの多面性と奥深さを知っていただきたく、ふれました。

 「来談者中心療法」、そして「受容」「共感」「一致」というテクニカルな知識も、何か違った感じ方ができるのではないかと思います。

(文:まっつん) 

後記
今も、ロジャーズ批判は続けられており、「もう古い」という意見が、大勢を占めているのは事実です。非指示的アプローチで、受容・共感ばかりしていたら、時間がかかってしかたないと…。確かにその批判は正しいのでしょうけれど、クライアントを「受容」「共感」することの深さ重要性を失ってはいけないと感じます。ロジャーズを知ると、ますますそう思えるのですが…。(まっつん)

【参考文献】
『ロジャーズが語る自己実現の道 (ロジャーズ主要著作集)』(岩崎学術出版社)
『人間尊重の心理学』(C・ロジャーズ 監訳 畠瀬直子 創元社)
『カール・ロジャーズ入門―自分が“自分”になるということ』(諸富祥彦 コスモスライブラリー )

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