ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)

フロイト
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ジークムント・フロイト(Sigmund Freud 1856〜1939)近代精神分析学の創始者。フライベルク(現在のチェコ)に生を受ける。ウィーンで開業医となり、「無意識」の領域に関する洞察を深める。催眠療法による「トラウマ理論」や「自由連想法」のセラピー手法によって精神分析学を創始する。精神医学の範疇を越えて社会科学論、芸術論にも言及した思想家でもある。主な著書『夢判断』『精神分析入門』など。1939年、ロンドンで病死。享年83歳。

世界の三大パラダイムシフト。

世界の三大発明といえば「火薬」「羅針盤」「活版印刷」ですね。

では、人間の常識を根底から覆した3大パラダイムシフトといえば何でしょうか?

  • ひとつ目は、コペルニクスの「地動説」。
  • ふたつ目は、ダーウィンの「進化論」。
  • みっつ目が、フロイトの「無意識の発見」。

「無意識の発見」といいますか、「無意識の考え方」をベースに確立された「精神分析学」といったほうがいいでしょう。なぜなら、「無意識」という心の構造に関する考え方は、フロイト以前に、すでにあったからです。

とはいっても、「無意識」の存在を世界に知らしめたのがフロイトであることは間違いありません。人の心を深く探求し、心理学の範疇にとどまらない偉人として、フロイトは世界に名を知られています。

フロイトと無意識。

「無意識の内に手が動いていた」
「つい無意識で嘘をついてしまった」
「無意識のなせる技だよ」

なんていう風に、「無意識」という言葉は、日常会話に時々、登場します。

意識と無意識の図

なので私たちは、心の中には、自分で「意識できる部分」と「意識できない部分」があると、なんとなく理解しています。

また、人は無意識に影響されて「つい何かをしてしまう」、その事実を、自身の体験からもわかっています。

ところが、フロイトが生きた時代の欧州を中心とする知識人は違っていたのです。

ジークムント・フロイトの写真
ジークムント・フロイト

フロイトが現在のチェコ共和国に生まれたのは、1856年です。日本は江戸時代ですね。幕末と呼ばれる時期で、坂本龍馬や西郷隆盛など幕末の志士たちが、活躍する時代です。世間を騒がせるフロイトの代表作『夢判断』の出版が、1900年です。日本は、明治33年です。

ずいぶん昔のことです。なので、現代の感覚とは、ちょっと違うのですね。

当時の常識は、心とは「理性」によって、つまり「自分でコントロールできる」ものでした。それが人間の誇りでもあったのです。

もし、無意識の存在を認めてしまうと、人間は自身を理性でコントロールできない存在へと堕落してしまうわけです。「人は、日々、無意識に影響されて行動している」。これは当時の人にとって、人間観の常識を根底から揺るがす大事件だったのです。

ですので、フロイトの考えは当時多く人から批判され、なかなか受け入れられませんでした。

フロイト以前の「無意識」。

ここで、フロイト以前の「無意識」について、お話しします。

フロイト以前の学者も、無意識の存在に気づいていました。

ヒステリー研究の大家シャルコー(1825〜1893)はその筆頭です。フロイトは1885年、パリへ半年間留学し、シャルコーのもとで学んでいます。

心的外傷(トラウマ)に着目したフランスの精神科医ジャネ(1859〜1947)からもフロイトは影響を受けます。ジャネは、通常の「意識」とは異なる「下意識」という考えをもっていました。「下意識」は「無意識」の考え方に近いものですね。

シャルコーやジャネなど、当時の学者たちから知識を学びとり、フロイトは自身の「無意識」に関する考えを深めていきます。

ですので、一般的によく言われる「フロイトが無意識を発見した」という言い方は、ちょっと誤解を招く表現ですね。フロイトが、ある日突然、人間の心の中に「無意識」を見つけ出したのではありません。

「ついに見つけだぞ、ここに無意識があったぞ」みたいな…。

フロイトは、「独自の無意識に関する考えを発見し、確立していった」。そんな表現のほうが適切です。

では、いかにしてフロイトは無意識へと接近していったのでしょう。

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