インスピレーションと愛と良心について《決断する無意識》-フランクル心理学008-

「インスピレーション」と「愛」と 「良心」について! 決断する無意識

フランクルが考えた無意識。

フランクル心理学における無意識のとらえ方について、『無意識の力を信頼する《心理ー精神拮抗作用》』で書きました。

フロイトが考えた「無意識」は、衝動的で「心の病」の原因となります。それとは異なり、フランクルは、「無意識」そのものが、自律的に動き人間らしい決断すると考えました。

フランクルの考える無意識
無意識には、衝動的ではない
人間らしさを志向する
理性的かつ主体的な心の働きがある。

フランクルは、自分の考える「無意識」を「精神的無意識」と名付けて、フロイトの考える「無意識」とは、違う側面を強調しました。「決断する無意識」なんて、フランクルは言っています。

ここで若干わかりにいくのが、「精神」という言葉ですね。「精神」は単に「心」を意味するのではなく、「自律的に動き、人間らしい決断する」というポジティブな意味合いと深い内容が含まれています。

下の図のようにフランクルは、「身体」「心理」「無意識」(精神的無意識)と3つに分けて考えました。フランクルに言わせると、この「無意識」(精神的無意識)が、「人間らしい働き」をするから、心の病を癒すことが可能になるのです。

「身体」「心理」「精神」の図
まっつん
まっつん

「身体」「心理」「無意識」(精神的無意識)の違いについては、『無意識の力を信頼する《心理ー精神拮抗作用》』を参考になさってください。

フランクルは、自身が考え出した「ロゴセラピー」のことを、こう表現しています。

「精神的なものからの心理療法」

繰り返しになりますが、「精神」という言葉は、フランクルにとって特別な言葉です。フランクル心理学では、「無意識」の場所に、自己を越えた世界とつながる人間らしい「精神的もの」があると考えます。

これに対して、フロイト、アドラー、ユングの心理学は、心の中だけを考えようとする「心理主義」だとして、フランクルは批判します。

フランクル
フランクル

心理療法はその精神分析としての細かい技法においては心理的なものの意識化に努める。それに対してロゴテラピーは精神的なものの意識化に努力する。

『死と愛』(V・E・フランクル[著] 霜山徳爾[訳] みすず書房)p32

ここで「精神分析」というのは、フロイトに代表される、フランクル以前の心理学のことを指しています。また「意識化」とは、心理療法の基本的な「心の働き」のことです。「意識化」されることで、心が癒されていきます。

心理療法における「意識化」とは。

例えば、幼い頃に、両親から暴力を受けていた人がいたとします。でも、大人になってからそのことをすっかり忘れて生きていました。その人が原因不明の頭痛や体のしびれで、精神分析家のもとを訪れます。

暴力があったのに思い出せないのであれば、無意識の場所に、記憶が隠されていると考えます。これがトラウマですね。無意識で何か悪さをしているのです。でも、本人はもちろん無意識のことですから、わかりません。だから原因不明となるのです。

ジークムント・フロイトの写真
ジークムント・フロイト

精神分析を受けると、対話や催眠や夢分析によって、過去の出来事を思い出そうとします。この「思い出す」ことが「意識化」です。「意識化」がうまくいけば、無意識にあったトラウマが取り除かれます。無くなれば、もう悪さをしません。これで頭痛や体のしびれが治ったら、やはり無意識にあった過去の記憶(トラウマ)が原因だったということになります。こうして「心の病」が癒されると考えたのが、フロイトの精神分析です。

「精神的なものの意識化」とは。

でも、フランクルは、「これまでは『心理的なものの意識化』だけど、私の心理学では、『精神的ものの意識化』ですよ」と言って、違いを強調します。

ロゴセラピーの創始者V・E・フランクルの画像
ロゴセラピーの創始者V・E・フランクル

フロイトの無意識を、心の閉じた世界にこだわる「心理主義だと」批判する一方で、フランクルは「無意識」(精神的無意識)そのものが、自律的に動き人間らしい決断する、と考えていました。

ですので、この「自律的な人間らしい決断」をすることが「精神的なものの意識化」といえ、フランクルが考え出した「ロゴセラピー」の基本方針となります。

そしてフランクルは、「無意識」(精神的無意識)のポジティブな働きとして、以下の3つをあげています。

精神的無意識の3要素
1)「芸術的インスピレーション」
2)「愛」
3)「良心」

では、次から、「精神的無意識」の3つの働きについて説明していきます。