アドラー心理学の「勇気づけ」を理解するのに、バスケットボール漫画の名作『SLAM DUNK』(井上雅彦 集英社)に登場する湘北高校バスケ部安西監督の言動が参考になります。
常に仏のように穏やかな安西監督の言葉と行動を追いかけながら、アドラー心理学のエッセンスを見ていきましょう。
『SLAM DUNK』の主人公は札付きの悪だった桜木花道です。彼は湘北高校バスケ部に入部し、キャプテン赤木剛憲、流川楓、三井寿、宮城リョータなど様々な登場人物との激しいぶつかりあいを通じ、バスケットマンとして、ひとりの人間として成長していきます。
湘北バスケ部を率いる安西監督は、ケンタッキー・フライドチキンのカーネル・サンダースをさらにふくよかにさせた好好爺といったイメージです。登場する時には「ほっほっほっ」といつも笑っていて、沈黙していることの多いセリフの少ない監督です。
湘北は神奈川県予選を勝ち抜き全国大会に出場すると、2回戦目で高校バスケ界の頂点に君臨する秋田県代表「山王工業」と対戦します。「山王工業」は優勝候補です。強豪チームに無名校が挑む勝利の確率は極めて低い戦いです。
試合前、桜木たち湘北高校の選手は極度に緊張し、自信を失いかけます。そんな中、安西監督は会場に散るメンバーを探し、ひとりひとりに声をかけていきます。
気を紛らわそうと廊下でひとり走るPG(ポイントガード)の宮城リョータには、こうです。
「PGのマッチアップではウチに分があると私は見てるんだが…」「スピードとクイックネスなら絶対に負けないと思っていたんだが…」
『スラムダンク 25巻』(井上雅彦 集英社)
緊張からトイレに何度も行く三井寿には、トイレで偶然会った風を装い話しかけます。三井がマークする山王工業の先発メンバーがいつもと違い、全国でも有名なディフェンスのスペシャリストになったと告げ、そしてこう言います。
「いくら山王といえど三井寿は怖いと見える……」
『スラムダンク 25巻』(井上雅彦 集英社)
桜木は試合前の練習でダンクシュートを決めようとして、派手に失敗しています。廊下でひとり練習する桜木に声をかけると、「あの満員の観客の前で大ハジをかちまったからな…もう怖いものなどねえ」と言葉が返ってきました。監督は言います。
「おや」「もともと君に怖いものなどあったかね?」
『スラムダンク 25巻』(井上雅彦 集英社)
安西監督の「勇気づけ」によって3選手は、失いかけていた自分への信頼感を取り戻すのです。
アドラー心理学のいう「勇気づけ」とは、「自分自身で困難を克服できる「心の力」を与えること」です。自分の力で問題を解決できるように「自立」をサポートすることです。
安西監督は、「緊張してどうすんだ」「それでは戦う前から負けだ」などと選手を否定しません。「私がついているから大丈夫だ」「私を信じろ」とも言いません。それでは監督に「依存する心」をつくるからです。
それは、自分自身で困難を克服できる「心の力」から程遠いものです。
宮城に対しては、「私は〜」とアイ・メッセージ(主観伝達)の形をとり、「だが…」と語尾をあいまいして自分で考える余白を与えています。
桜木の時も質問形にし、自らの「強み」に自分で気づくように促しています。三井の時には、第三者の視点(敵チームから見て)を導入することで、「(自分には)自信がない」という心のベクトルが過度に自己に向く心の視野狭窄状態から、視点を引き上げ、解放することに成功しています。
この言葉がけこそ、まさにアドラー流の「勇気づけ」といえるものです。
安西監督は、「上から目線の賞賛」や「厳しい叱咤の言葉」によってリーダーに依存する心理状態をつくり出すのではなく、「気づき」を促し、自分たちの力で困難を乗り越える「心の力」を与たのです。安西監督のリーダーシップ・スタイルが、このコミュニケーションのとり方から、理解することができますね。