アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)

アルフレッド・アドーラ画像

アドラーの「目的論」

例えば、30代Aさん(女性)。「貧乏だった昔がいけない」「貧乏にした親が悪い」と、今の人生がうまくいかない原因を過去に求めて、強い不安感に悩んでいたとします。

周囲の人に話を聞くと、仕事をふられるといろいろと理由をつけて、逃げてばかりいます。「生い立ちが不幸だったから、今、ちょっと病んでるの」。みんなの前で口にすることすらあります。Aさんは、不幸自慢をよくする人で職場で煙たがられています。仕事に対して積極性がなく「成長しよう」という向上心が見られません。

アドラーが健在だったら、こう言うでしょう。

アドラー
アドラー

「あなたの人生がうまくいかないのは、過去の貧乏が原因ではありません。汗水流して働くことから逃げることが目的で、不安感を自ら作り出しているのです。つまり、自分で不幸になっているのです。楽して生きたいがために、不安感を盾にして人生の課題に直面することから逃げています。結局、自分がそう決めているのですよ」

人の行動には、何らかの目的がある。これが「目的論」です。

Aさんにとっての目的とは、仕事の苦労から逃げることです。その目的を果たすために、不安感という心の症状を、自分がつくりだしている…、「目的論」では、そう考えることになります。

なんだか、ちょっと厳しいですね…。

アドラー心理学は、決して優しくありません。むしろ厳しい心理学す。でも、ただ厳しいだけでは人は耳を傾けてくれませんよね。そこに希望があるからこそ、人をアドラーの考えを聞こうとします。

では、希望はどこにあるのでしょう?

アドラー心理学の希望は「自己決定性」にある。

希望は「自己決定性」です。

人は分割できない存在だとアドラーは考えました。「意識と無意識」「精神と肉体」という風に分割されないのが、人でした。であるならば、自分という全体をつくっているのは自分であり、全てを自分の意思で決めることが可能だということです。

自分で自分を決めているならば、自分を「決め直す」こと、「生き直す」ことは、いつでも可能です。
まっつん
まっつん

「過去の自分はこうだったから、今、こうだ」と決めることもできるけれど、「過去の自分はこうだったけど、今日から自分はこう生きる!」って、自己決定することもできますよね。過去の自分より、今これから、未来の‘あなた’が大切です!

この「自己決定性」に希望を見い出すのがアドラー心理学です。この「自己決定性」によって、人間を120%肯定していくのがアドラーという人なのです。

そして、この人間をとらえる肯定的な態度が、アドラー心理学の真髄である「共同体感覚」へとつながっていくのです。

「共同体感覚」と「利他の精神」

アドラーは、人が幸せであるためには「共同体感覚」を持つことが重要だと考えました。

「共同体感覚」
「共同体感覚」とは、この世界に生きる人たちは自分と対等の仲間だと考え、その仲間に貢献しながら生きることを健全とする感覚。

アドラーは、こう書いています。

「真に人生の課題に直面し、それを克服できる唯一の人は、その〔優越性の〕追求において、他のすべての人を豊かにするという傾向を見せる人、他の人も利するような仕方で前進する人である」
(『人生の意味の心理学』訳 岸見一郎 アルテ)

他者への貢献意欲に乏しい人は、自己中心的な人です。自己中心的な人は、仲間への信頼感が低く、他人を敵と見なしがちです。すると、人間関係の輪に入っていくことができなくなり、孤立するようになります。

名経営者と呼ばれる松下幸之助さんや稲盛和夫さんは、「利他の精神」の重要性を説き続けました。

「世のため人のために生きることが、正しい生き方だ」と…。

それは経営論である同時に人生論でもありますね。100年以上前に生きた心理学者と私たちが尊敬する名経営者は同じことを言っています。

アドラー心理学は「100年先を行っていた」と言われることがあります。

ほぼ100年後の今、アドラーの教えが多くの人の心をとらえるのは、「利他の精神」や「共同体感覚」無くしてこの時代は生きていけないと、いや、そうすることが「人の幸せになる生き方だ」と、意識的、無意識的に、気づいているからなのでしょう。

アドラー心理学を学ぶことは、幸せな生き方を学ぶことにもなります。

(文:まっつん)