宗教が日常生活に織り込まれている国に比べて、日本で「愛」を語るのは、少し抵抗感があります。愛について、歌詞や映画や小説の中でふれることはあっても、日常会話で、友達や家族と「愛とは何か」について語ることは、まず無いことでしょう。
といっても、私たちが「愛」を体験していることは確かです。人を愛すること、人から愛されること、これは誰もが経験しています。
親に育てられたのも、彼女、彼氏ができるのも、結婚するのも、子どもができるのも、そして子どもを育てようと懸命になるのも、そこに「愛」があるからです。「愛」は「人」にだけでなく、自然、仕事、趣味など、自分以外の「何か」にも向けられます。「愛」は、何かを行う時の原動力です。
もし「愛」がなくなったら、人間は子孫を残すことができず、仕事に取り組む高い志も失われて、社会が壊れてしまいます。そう考えると、「愛」があるから、この世界は成立していると考えることもできます。
「愛」は、生まれた後に、親や学校の先生に教えられて、身につけたものではありませんよね。「一目惚れ(ひとめぼれ)」を経験したことのある人なら、すぐわかるでしょう。心が奪われる瞬間は、意識して、できるものではありません。「よし、今月は、絶対、ひとめぼれするわ」。そう、がんばっても、なかなか難しいものです。
フランクルの考える「精神的無意識」とは、「人が生まれもって身につけているもの」と考えると理解しやすいでしょう。フランクルは、愛について、こんなことを書いています。
愛と決断との間にはそもそもなんらかの関係があるのだろうか。もちろん、ある。なぜなら、愛においてもまた、いや愛においてはなおさらなこと、人間の存在は「決断する存在」であるのだから。実際、伴侶の選択、「愛の選択」は、それが衝動的なものによって動かされたものでない限りにおいてのみ、真の選択でありうる。
『識られざる神』(V・E・フランクル[著]、佐藤利勝[訳] みすず書房)p40
フランクルは、最初の妻である「ティリー」を、ナチスの強制収容所で失います。『夜と霧』(みすず書房)を読むと、とても深くティリーを愛していたことがわかります。
その「ティリー」と結婚する「決断」をした時のことを、フランクルは、自伝『フランクル回想録』(春秋社)に書いています。
フランクルは、ある日、自宅でランチの準備をしていた時に、睡眠薬中毒の患者のために病院から緊急で呼び出されます。そして…、
二時間後、私は家に戻った。せっかくの一緒の昼食は台なしだった。私は他のみんなはもう食事を済ましたものと思っていたし、実際両親はそうしていた。ところが、彼女は私を待っていて、帰って来た私にかけた最初の言葉は、「ああ、やっと帰って来たの。ごはん待っていたのよ」ではなく、「手術はどうだった。患者さんの具合はどう?」だったのだ。この瞬間、私はこの娘を妻にしようと決めた。私から見た彼女がどうこうだから、ということではなく、まさにそれが彼女そのものだったからである。
『フランクル回想録』(V・E・フランクル[著]、山田邦男[訳] 春秋社)p115
「ティリー」は看護婦でしたので、彼女の職業柄「患者さんの具体はどう?」と、自然と言葉が口をついたのでしょう。
でも、フランクル自身が、この言葉に「まさにそれが彼女そのものだった」とティリーの本質を直観し、瞬間的に「愛の選択」=「結婚の決断」したのは、意識的にはできないことです。
「彼女がどうこう」というのが、意識的に論理的に「愛の選択」を決断しようとする思考ですが、フランクルがここでした決断は、瞬間的でありながら深い納得感のともなったものであり、論理を超えた心の奥深くで行われたものです。
これこそ「決断する無意識」の働きといえます。
真の意味での「愛の選択」する時、人は無意識のレベルでそうしているのです。
それでは、最後、「良心」について、書いていきます。