カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)

ユング

「影」(シャドー)と人の成長

「普遍的無意識」の理論構築に心血を注ぐなかで、「元型」というアイディアがユングに生まれます。

「元型」とは、普遍的無意識にある内容をパターン化したものです。

つまり、神話や夢に現れる内容を分類し共通する項目に整理したのが「元型」です。「元型」の種類は、「ペルソナ」「影」「アニマ・アニムス」「太母」などです。人間の心奥深くにこれらの「型」が存在し、私たちに影響を与えているとユングは考えたのです。

「元型」を全て説明しようと思ったら、大変なことになりますので、「元型」の中から「影」(シャドー)だけをとりあげて、論を進めます。

「影」(シャドー)

「元型」のひとつ「影」(シャドー)とは、その人が「生きられなかった」性格的要素であり、その本人が受け入れがたいものです。

ユング心理学の概念「影」(シャドー)のイメージ画像

例えば、真面目な自分を誇りとして、夜遊びなどせず、他人の2倍3倍働き社会的に成功してきた人は、不真面目な自分を生きてこなかった、「生きられなかった」ということになります。

「真面目な自分」の反面が「不真面目な自分」です。

「自分は真面目」だと認めていることは、「真面目な自分」の部分に意識の光が当たっています。その反面の要素は「影」になり「無意識」の中に、どんどんおしこまれていきます。すると、自分では「真面目」と思っているけれど、無意識には「不真面目な自分」が存在することになるのです。

「光ある所、必ず影あり」です。

例えば、そんな真面目な人の夢に、遊びながら成功している会ったことも見たこともない人物が、登場したとします。夢の中で、その「遊び人」を無視したり、追いかけられたり、言い合いをしたり、殴り合ったりします。「遊び人」はとても嫌な奴です。

うなされ目を覚めすと、汗をぐっしょり…。「またか、」とうなだれます。

そんな夢を何度も繰り返し見るとしたら、この存在(遊び人)が、その人にとっての「影」(シャドー)というわけです。

人生、真面目一辺倒では息がつまりますよね。遊びもたまには必要です。

心には「相補性」という働きがあります。人の性格がある一面に偏り過ぎすると、それを直すために、バランスをとろうとするのです。

夢は、自分が自分に送るメッセージ

「夢」は無意識から送れてくるメッセージです。自分に聞いてほしいことを、夢を通して自分が伝えようとしているのです。それを読み取るのが「夢分析」ですね。

ここでのメッセージは明らか…。

「そんな真面目一辺倒じゃ、人生いきづまるよ。もっと、違った自分(影)も認めていかないと、これから大変なことになるよ」、ですね。

繰り返し見る夢には、何か意味があります。夢(無意識)からのメッセージを無視し続けると、偏った人格がつくられ、偏屈な人間になってしまいます。病気になったり、事故を起こしたりすることさえあるでしょう。

反対に、無意識からのメッセージを聞き入れ、今の自分とは違った自分を受け入れていくことができれば、その人は、人間としてさらに成長し、より深みのある人格を形成していくことになります。

ですので、夢分析は、今も心理療法のひとつとして続けられているのです。

こうした「意識」と「無意識」が、バランスをとりながら、より高次の自分へと成長していくプロセスを、ユングはこう呼びました。

  • 「個性化の過程(individuation process)」
  • 「自己実現(self-realization)の過程」

ユングは、「心の成長」の過程こそ、人生の究極の目的と考えたのです。

人が成長するために「無意識」は、ポジティブな働きをします。ですので、ユングは師匠のフロイトに抗い、「肯定的」な解釈しようとし、彼独自の心理学を確立していったのです。

ユング心理学の考え方は、様々な心理学者に受け継がれ、今なお生き続けています。

(文:まっつん)

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